気が付くと、
離婚をしてから20年近くが経ちました。
あの頃は先が見えずに苦しくて
どうしていいかわからない毎日でした。
離婚後の生活も
決して楽ではありませんでした。
しかし、
DV※夫と縁を切ることが出来たこと
子供たちと安心して生活が送れることで
ほっとした気持ち、
精神的な安心の方が大きく
どんなことにも頑張れていた気がします
※DV(ドメスティックバイオレンス)とは
「ドメスティック・バイオレンス」とは英語の「domestic violence」を
カタカナで表記したものです。略して「DV」と呼ばれることもあります。
「ドメスティック・バイオレンス」の用語については、
明確な定義はありませんが、日本では「配偶者や恋人など親密な関係にある、
又はあった者から振るわれる暴力」という意味で使用されることが多いです。
・・・そして今
離婚当時は小学生と幼稚園児だった子供達も成人し、
楽しい毎日を過ごしています。
あの時、
勇気を出して本当によかった、
と今でも思っています。
正直、シングルマザーはしんどいです。
生活するのも子育てするのも
すべて一人でやらなければなりません。
でも私の場合、
離婚という大きな経験をしたことで
精神的な成長をすることができました。
世間知らずで何にもできなかった私が
子供のころから、
人に意見することができずに悩んでいた私が
子供達に
「鋼(はがね)のメンタルの持ち主!」
と言われるようになるまでの人生の一部を
語っていきたいと思います。
同じような経験をされて
しんどさを抱えている方たちへ
少しでも希望をもってもらえたら嬉しいです。
家出から離婚に至るまで

普段は穏やかな人なのですが、
ちょっとでも気に入らないことがあると
キレて手が付けられなくなり、
私は何度か息子をかばってケガをしました。
何度か話し合いもしましたが、
日に日に夫のDVがひどくなり、
身の危険を感じた私は、
3人の子供を連れで家を出たのです。
しかし
異常なまでに私への執着心があり
子供を連れ去ろうとしたり
(私から子供をとりあげれば
戻ってくると思っていたらしい)
ストーカー被害にあったり、
嫌がらせが続いたり、と
とても話し合いができる状態ではなかっため
助けを求め、
知人から教えてもらった
女性相談センターというところへ
電話をしました。
相談に行くまでは
正直こんな話をしても良いのだろうか
子供のために我慢しなさい
と言われるのではないだろうか
ちゃんと話を聞いてくれるか
の不安が大きく、
かなりためらいました。
それでも今行動しなければ
何も変わらない!
と、思い切って電話をしてみたところ
電話口の方が、
とても丁寧にお話を聞いてくださり、
「一人で大変でしたね」
と言ってもらった言葉に
本当に救われました。
後日直接センターに行き、
改めてこれまでの経緯と
身の危険を感じていることを
お話したところ、
緊急性があると判断した担当者が
その場で
家庭裁判所の家事相談員の方に連絡をしてくれ
その足で裁判所へ向かうことになりました。
初めて行く裁判所に
かなり緊張をしたのですが、
女性センターの方から
連絡をしてもらっていたおかげで
スムーズに話を進めることができ
本当に助かりました。
家庭裁判所では
今後の手続きの仕方を含め
まず何をしたら良いかから、
とても丁寧に教えていただきました。
また、
身の危険性を心配して、
警察の生活安全課の担当者
を紹介してくださり
一度相談に行くようにと勧められました。
それ以前は、
市役所に相談に行っても
「書類上、婚姻関係があるので
離婚が成立しないと、こちらでは何もできません」
の一言で終わったり、
アルバイト先に元夫が現れ、
バイト先で暴れたために警察を呼ばれましたが、
その時は、夫婦の問題なので警察は介入できない、
と言われたことがあり
国や市は当てにならない!
という思いが強くなっていました、
しかし、
ちゃんと手順を踏んで相談した結果
その後は何度も警察の方に助けてもらったり
裁判離婚が成立するまでの1年以上の間、
本当にいろいろな方に
お世話になり、助けてもらいました。
離婚の準備を進めるために

家庭裁判所に相談した後すぐに
弁護士さんを探しました。
(家庭裁判所の方からも
話し合いが難しいので、
すぐに弁護士を
つけたほうがいいと言われたため)
一度、弁護士の無料相談会があるというので
行ってみたのですが
担当の弁護士さんの対応が
高圧的で私には合わず
その方にお願いするのはやめました。
そのため、
家に戻ってインターネットで
自分に合いそうな
弁護士さんを探しました。
とりあえず
何人か当たってみることにしましたが、
相談料は30分5000円とのことだったので
一旦メールを送り、
対応が早い方に
お願いをすることに決めました。
裁判離婚は時間もお金もかかる
それでも、離婚をしなければ
安心して暮らすことが出来ない、
まずは子供達の
安全の確保を優先することを考え
無理をしてでも離婚をすることを
決意しました。
その当時は書類上婚姻関係があると
まだ親権が夫にもあるため、
たとえ連れ去られたとしても
警察が動くことができなかったのです。
(個人保護法も、
DV防止法もない時代でした)
さて
弁護士さんは見つかったものの
弁護士費用をどうしよう・・・
正直、当時アルバイトはしていたものの
貯金もなければ
3人の子供たちを育てていくのに
精いっぱい。
とても裁判費用を出すお金がありませんでした。
そこで弁護士さんから勧められたのが
「法テラス」を利用した
弁護士費用の立て替え制度でした。
手続きと、認可が下りるまで少し時間がかかり、
それまで離婚の手続きができませんでしたが、
法テラスの立替制度を利用することで、
生活面ではだいぶ助かりました。
こうして1年以上にわたる
(離婚が確定するまでの)
生活が始まりました。
そして気が付くと、
それまで一人では何もできなかった私が
何に対しても
積極的に行動ができるように
なっていたのです。

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