離婚をしてもうすぐ20年、今私が思うこと。後悔と乗り越えたその先のしあわせな未来

子育て

子供たちの泣き顔を見たくなくて、夜逃げ同然に家を出た

今から約20年前に、
私は3人の幼い子供たちを連れて、
夜逃げ同然に家を出ました。

日増しにひどくなる元夫のDVに、
それまでは我慢していたのですが、
子供たちが怖がって泣くことが増えたため、
意を決して家を出たのです。

後先のことは全く考えていませんでした。

その当時、バイトはしていたものの
3人の子供を育てるだけの生活費はなく、
自分の貯金は、
元夫が当時脱サラをして事業をおこす際に
資金にすべてあててしまったため、なくなっていました。

DV夫はもちろん離婚なんて認めなかったので裁判になりました。
名目上、「親権を争って」ということでしたが、
相手は全く離婚をする気はなく、
あの手この手を使って妨害をしてきたので
1年以上決着までに時間がかかりました。

一度他県にある実家に戻り、そこで生活を立て直そうとしましたが、
実家にまで元夫は嫌がらせをしてきたため、実家に住むことができず、
結局住まいを転々とする羽目になってしまいました。

当然仕事を見つけることも難しく、
一番下の子はまだ2歳だったので、
この先どうなるんだろうという不安しかありませんでした。

子供たちがみんな成人したけれど、一向に経済的な苦しみから脱することができない現状

離婚当時、元夫の事業資金のために私名義で借りた借金が残りました。
そして、離婚が成立するまでの間、
もちろん生活費などはもらえなかったので、
親子4人の生活費と合わせ、
気が付くと借金は400万円にふくれあがっていました。

当時離婚裁判でお世話になっていた弁護士さんの勧めで、
その時に1度目の債務整理(個人再生)の手続きをしました。

離婚後は、ようやく国から手当てももらえるようになり、
離婚が成立したことで、
元夫の嫌がらせが収まったため安定した仕事の付くことができました。
その後しばらくは、
大きな悩みもなく幸せな一家庭として生活ができました。

しかしながら、今度は子供たちが大きくなるにつれ、
国から出ていた手当てが減り、
生活が本当に苦しくなったのはこの時だったと思います。

長女の高校卒業を迎え、
「進学をしたい」という長女の希望をかなえてあげたくて、
地元の短大へ進むことに承諾しました。


しかしながら、その学校は私立。
まず入学金、そして学費を払うだけのお金がありません。

しかもその当時、
わずかながらもらっていた養育費も
払ってもらえない状況になっていました。


何とか一時的に、国の教育ローンという制度を使い、
学校に入れることができましたが、
そのあとの返済と立て続けに下の子達の受験となり、
あっという間に我が家は火の車となってしまったのです。

子供たちに苦労をかけてしまったという、責務と後悔

長女が進学してからのことです。
はじめはとても楽しく学校に通っていましたが、
もともと根がまじめな子だったため
単位を全部取らなければいけないという思いと、
私が苦労して入れてくれた学校だという思いもあったようで、
必死に頑張った結果、鬱になってしまいました。
(発達障害が影響していたと後から知りました)

それでもどうしても卒業だけはしたいという娘は、
保健室に通いながら授業を受け、
無事に卒業をすることができました。

しかしながらすぐに就職をすることができず、
半年以上引きこもりの状態が続きました。
彼女の状態を見ると、何とかしなければという焦りと、
目の前の困窮した生活が重くのしかかり、本当につらい時期でした。

それでも頑張ってこれたのは、
子供たちが一緒にいてくれたからだと思います。
また、子供たちが幼いころは、昼・夜と仕事をしていて、
あまり一緒にいてあげることができなかったという後悔があり、
少しでも彼女たちの願いを聞いてあげたいという気持ちが
強かったということもあります。

小さいころ一緒にいてあげられる時間が少なかったことに対する後悔から、今自分の時間を割いていること

その反動があってか、
今でも自分の時間を割いてでも
子供たちの都合を優先してしまうところがあります。

本当なら今でももっと仕事の時間を増やして、
生活費を稼ぎたい気持ちがある反面、
これまで苦労を掛けてしまったのだから、
あと何年一緒にいられるかわからない子供たちとの時間を
大切にしたいという思いが、どうしても優先してしまいます。

その結果、なかなか思うように成果を上げることができず、
堂々巡りの状態が続いています。

自分ができることを必死に考える

もちろん今まで何もしてこなかったわけではありません。
自分なりにできることを見つけ、
必死に頑張ってきたつもりですが、
まだまだ足りないのでしょうね(笑)

成人した子供たちに、今は生活費を入れてもらい、
多方面で助けてもらっています。

本当に3人の子供たちがそれぞれ、
母親想いの子供に育ってくれたことには心から感謝しています。
だからこそ、私自身ももっとできることがあるはず、
自分が幸せにならなければ他の人も幸せにできるはずがない、
という思いが逆にプレッシャーになっているのかもしれません。

感謝をしながら前に進む

何度も書いていますが、
これまで本当にいろいろな人に助けられて、
支えられて生きてこれたと思っています。

自分ひとりだったら、
何もできずに下手をすると自死を選んでしまっていたかもしれません。

つらくて押しつぶされそうになったことは
これまでも何度もありました。
なんで自分の人生はこんなに試練が多いんだろうと
恨んだこともありました。


それでも今こうやって生きていられるのは、
周りの人達に助けられて生きてきたんだと、
実感できるからなんだと思います。

その恩返しをするまでは人生を捨ててはいけない、
と言われている気がします。

やっぱり離婚をして正解だったと思う

最近たまに思うことがあります。
あの時(家を出たとき)もっと違う選択をしていたら、
ここまでの苦労はなかったのかな、と。

もちろんDV夫から子供たちを守ることは母親の役目ですが、
夫の目が子供たちにいかないよう、
私自身がもっとうまく立ち回り、
せめて子供たちが大きくなるまで我慢すべきだったのかと。

ここにきて心底思うことは、
一人で子供を育て、経済を支え、
全てを一人でこなすことがどれだけ大変だったか、
ということです。


当時は生きることに必死で
周りを見る余裕がありませんでした。

親も離れて暮らしていたため実家を頼ることもできず、
今思えばよくここまでやってこれたな、と(笑)。
それでも手を抜くところは手を抜いてきたし、
遊びたいときは息抜きもしてきました。

生活は苦しかったけど、あのまま結婚生活を続けていたら、
おそらく私自身が鬱になっていたのかもしれません。
そして唯一救われる言葉が、
子供たちから今になって
「離婚して正解だった」と言ってもらえることです。

子供ながらに、
家の中が最悪の雰囲気だということに気付いていたのです。


あのまま一緒に暮らしていたら、
子供たち自身も好きなことをさせてもらえず、
委縮した人生を送っていたと感じていたようです。

あきらめずに前に進む、約束した未来へ向けて。

現状も決して楽観視できるものではありません。
目の前の山のような督促状を見て、
ため息が出ることもあります。

それでも子供たちと一緒に旅行をしたり、
楽しくこれからも生活するために、
約束したことを果たすために、
今という人生をあきらめずに前に進みたいと思います。

私は一人じゃない
私を支えてくれているすべての人たちのために、
今日も前を向いて生きていこうと思っています

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